こんにちは。
イノセント柳川教室の髙倉です。
9月になりました。
実は今、私は猛烈な悲しみと、胸が押し潰されるような喪失感の中にいます。
先日、私が長年ずっと心を寄せて、毎日の糧にし、全力で応援し続けてきた「推し」が、ついにその活動に幕を閉じました。
活動終了が発表された「その日」から覚悟はしていたつもりでした。
最後の瞬間が近づくにつれて、「いよいよなんだな」と自分に言い聞かせてきたつもりでした。
しかし、いざ本当にその日が過ぎ去り、彼らが舞台を下りてしまった今、心の中にぽっかりと大きな穴が空いてしまったような、どうしようもない切なさと寂しさに打ちひしがれています。
もう会うことはできない。
あの優しい笑顔も、泥臭く不器用で真っすぐなパフォーマンスも。
ふとした瞬間にニュースや動画を見返しては目頭が熱くなり、「もっと応援できたんじゃないか」「もっとあの空間を目に焼き付けておけばよかったんじゃないか」という思いが頭をよぎることもあります。
誰かを夢中で応援したことがある人なら、大好きな存在がいなくなってしまうこの痛みを、きっと分かってくれるのではないでしょうか。
私がこの「推し」から学んだこととみんなへのメッセージを今日は残しておきます。
「後悔」を残さずに去っていった彼女たちの姿
打ちひしがれる心の中で、それ以上に強く深く刻まれたものがあります。
それは、最後の1秒まで一切の妥協を許さず、泥臭く、ひたむきに己のすべてをぶつけ続けてくれた彼女たちの姿でした。
活動終了を迎える最後の瞬間まで、彼女たちファンの前に立ち続けました。華やかなステージの裏側には、想像を絶するようなプレッシャーや苦悩、うまくいかずに葛藤した日々があったはずです。途中で投げ出したくなるような夜だって、一度や二度ではなかったでしょう。
それでも彼らは逃げませんでした。目の前のステージ、目の前のファン、そして「自分自身の美学」から目を背けることなく、泥臭く汗を流し、最後まで全力を出し切って舞台を下りていきました。
その立ち姿を見たとき、私は胸が震えるような感動を覚えると同時に、ある確信を得ました。
彼女らにはきっと、一つの後悔も残っていないはずだ、と。
「もっとやれることがあった」「あの時手を抜かなければよかった」という未練を残さず、自分が持てるすべてのエネルギーを出し切ったからこそ、あんなにも誇らしく、輝かしい表情で最後の幕を閉じることができたのだと思います。
一つの目標に向かって、自分のすべてを注ぎ込み、最後まで全力を出し切る。
その生き様は、文句なしに格好いいものでした。
そんな彼女たちを、5人を、私は誇りに思います。
あなたが歩んだ道には立派な花が咲いています。
君は今、「後悔のない日々」を過ごせていますか?
残してくれたその圧倒的な生き様を見届けたとき、私の頭に浮かんだのは、日々塾で机に向かっている皆さんの姿でした。
そして、皆さんに問いかけずにはいられなくなったのです。
「今、この瞬間を、後悔なく全力で生きられているだろうか?」
皆さんが今向かい合っている「受験」や「定期テスト」、「目標達成に向けた勉強」という舞台も、彼らのステージとまったく同じです。
テストや受験の日という「本番」は、どんな人にも等しくやってきます。そして、その舞台が過ぎ去った後、私たちは必ず振り返ることになります。
「あの時、もっと早くから本気を出していればよかった」
「スマホを置いて、あと1時間だけ踏ん張っておけばよかった」
「模試の結果から逃げずに、苦手な単語を暗記しておけばよかった」
そうやって過去を振り返り、変えられない時間にため息をつくことほど、悔しく、悲しいことはありません。
勉強は確かに大変です。思うように成績が伸びずに悔し涙を流す日もあるでしょう。
「自分には無理かもしれない」と不安になって、問題を解くペンを置きたくなってしまう瞬間だってあるはずです。
でも、不器用でもいい。効率よく見えなくてもいい。
「あの時、自分はできる限りの全力を尽くした」と胸を張って言える日々にすること。
それこそが、将来の自分に対する最高のプレゼントであり、後悔を残さない唯一の方法です。
悲しみを情熱に変えて、君自身の舞台へ
推しが私に見せてくれたのは、「夢中になって全力を尽くすことの尊さ」と、「後悔を残さない生き方の格好よさ」でした。
推しを失った悲しみがすぐに消えることはありません。
しかし、ただ悲しみに暮れて足を止めてしまうのは、最後まで全力を出し切ってくれた彼らに対して失礼だと思うのです。
推しは私に言いました。
「ずっと幸せでいてね。」と。
だからこそ、前を向かなくてはなりません。
彼女たちが残してくれた熱い情熱のバトンは、今、私の中に、そしてこの文章を読んでくれている皆さんに渡されています。
今度は皆さんが、自分の人生という舞台の主役になる番です。
受験やテストは、単なる知識の暗記や数字の競い合いではありません。「一つの目標に対して、どこまで本気になれたか」「最後まで後悔なく走りきれたか」という、自分自身との真剣勝負です。
泥臭くてもいい。愚直でいい。自分が決めた目標から逃げず、ひたむきに手を動かし続けること。そうやって掴み取った結果の先の景色は、合格であれ何であれ、これから先の人生において絶対に揺らがない自信となって君を支えてくれます。
一緒に、かっこよく駆け抜けよう
自分の推しが最後まで誇り高く駆け抜けたように、私も講師として、皆さんが自分の目標に向かって全力で挑む姿を、一番近くで支え続けます。
もし今、勉強に身が入らなかったり、目標を見失いそうになったりしているなら、一度胸に手を当てて考えてみてください。「今の自分で、未来の自分に後悔させないか?」と。
悲しみを抱えながらも、私は今日からまた、目の前の皆さんと全力で向き合っていきます。
だから皆さんも、今日からまた一歩、目の前の問題集を開いてみましょう。
弱音を吐いてもいい。負けたって泣いたっていい。
でも、最後は絶対に諦めず、愚直に、かっこよく。
実りのある春は、きっとやってきます。
「やりきった!」と胸を張って言える後悔のない未来を目指して、次のテストや受験へ向けて、一緒に全力を出し切っていきましょう!